―安全な行政データ活用への課題

重要な情報を守るセキュリティと、現場や住民にとって使いやすい利便性をどのように両立するか。それこそが、官公庁におけるDXの成否を分ける重要なポイントとも言える。民間企業でも、AI活用やデータ連携が進む一方で、個人情報の保護、説明責任、アクセス管理、監査、職員教育などについて、安全に使える仕組みを整えなければならない。適切な権限を持つ職員が、必要な範囲で安全にデータを活用できる環境づくりこそ、今後の行政サービスを支える鍵となりそうだ。

情報保全を重視するほど現場の利便性が低下しやすい

公共DXにおいては、厳格な情報保全と業務効率化をいかに両立させるかが重要だ。行政機関は、住民情報、税情報、医療・福祉情報、災害対応情報、安全保障に関わる情報など、極めて重要なデータを扱っている。これらの情報が流出すれば、個人の権利や生活に深刻な影響を与えるだけではなく、行政への信頼そのものを損なう。したがって、官公庁がセキュリティを重視するのは当然である。

一方で、セキュリティを厳しくするほど、現場の業務効率が低下する場合がある。例えば、外部インターネットとの接続を制限した環境では、職員が必要な情報を調べるだけでも手間がかかる。ファイルの持ち出しや外部とのデータ連携に厳しい制約がある場合、複数部署で同じ情報を何度も入力したり、紙や手作業を介して確認したりするケースが生じる。これでは、デジタル化しているにもかかわらず、業務全体としては効率化されない。

自治体の窓口業務では、住民が1つの手続きを行うために、複数の課を回る必要が生じることがある。背景には、部署ごとにシステムが分かれ、情報連携が十分に進んでいないという事情がある。情報を安全に管理するために分離してきた仕組みが、住民にとっては手続きの煩雑さとなって現れるのである。セキュリティはDXの前提であるが、過度に分断された環境は行政サービスの質を下げる。重要なのは、情報を守ることと、必要な人が必要な範囲で安全に利用できることを同時に実現する設計と言える。

AI活用にはデータ管理と説明責任が不可欠である

近年、官公庁でもAI活用への関心が高まっている。問い合わせ対応、文書作成補助、議事録作成、申請内容の確認、災害情報の分析など、AIを活用できる場面は多い。特に生成AIは、職員の事務負担を軽減し、政策立案や住民対応に使う時間を増やす可能性を持っている。しかし、官公庁でAIを利用する場合には、民間以上に慎重な対応が求められる。

まず、行政が扱うデータには個人情報や機密情報が含まれるため、AIに入力してよい情報と入力してはならない情報を明確に分ける必要がある。次に、AIが出した回答をそのまま行政判断に使うことはできない。行政には説明責任があり、なぜその判断をしたのかを住民や議会に説明できなければならないからである。そして、AIの回答には誤りや偏りが含まれる可能性がある。特に福祉、税、許認可、給付金など住民の権利や義務に関わる分野では、誤った判断が重大な不利益を生む恐れがある。

こうしたリスクを踏まえ、一部の自治体では生成AIの利用ガイドラインを定め、職員が文書案の作成や要約など限定的な用途で利用する取り組みを進めている。これはAIを全面的に行政判断へ組み込むのではなく、人間の確認を前提とした補助ツールとして活用する考え方である。

官公庁DXでも、AIを有効活用することで業務の効率化が図れる場面は多いだろう。とはいえ、導入そのものが目的になってはならない。どの業務に使うのか、どの情報を扱うのか、誰が結果を確認するのか、誤りがあった場合にどう修正するのかなどを、あらかじめ定めることが不可欠である。AI活用の成否は技術性能だけではなく、行政としての責任ある運用設計にかかっている。

安全なデータ連携が行政サービスの質を決める

公共DXの最終的な目標は、行政内部の効率化だけではなく、住民や事業者にとって使いやすい行政サービスを実現することにある。そのためには、組織や制度をまたいだデータ連携が欠かせない。災害対応を例にすると、避難所の開設状況、道路や河川の情報、高齢者や障害者など支援が必要な住民の情報、医療機関の受け入れ状況などを迅速に把握する必要がある。

これらの情報が別々の部署や機関に分散していれば、現場の判断は遅れる。平時の行政手続きでも同じである。子育て支援、介護、教育、税、医療といった分野の情報が安全に連携できれば、住民は同じ情報を何度も提出せずに済む。行政側も重複確認や転記作業を減らすことができる。ただし、管理が不十分なままデータ連携を進めれば、情報漏えいや不正利用のリスクが高まる。したがって、誰が、いつ、どの情報にアクセスしたのかを記録し、必要最小限の範囲で利用を認める仕組みが必要である。

マイナンバー制度は、行政手続きにおける情報連携を進めるための基盤として導入された。これにより、住民票や所得情報などを行政機関の間で確認できる場面が広がり、手続きの簡素化が期待されている。一方で、制度に対する不安や誤登録問題などをきっかけに、国民の信頼確保が大きな課題となった。これは、公共DXでは技術的な正しさだけではなく、利用者である住民の納得が不可欠であることを示している。安全なデータ連携を進めるには、セキュリティ対策、運用ルール、監査、職員教育、住民への説明を一体で整える必要がある。

公共DXは、単に便利な仕組みを導入するだけでは成立しない。信頼を損なわずにデータを活用し、行政サービスの質を高めることができるか。その設計と運用こそが、これからの公共部門のDXの成否を左右するだろう。