
―継続するデジタル行政をどう実現するか
官公庁DXでは、公平性と透明性を重んじる調達制度が、クラウドやAIなど変化の速い技術への対応を遅らせる要因となる。また、数年ごとの人事異動が、判断の経緯や業務知識の継承を難しくする。標準化を進めながら、現場の知見をどう残すか。外部人材とも連携し、担当者が代わっても改善が続くデジタル行政をどう実現するのか。ここでは、制度と組織の両面から課題を考えてみよう。
公平性を重んじる調達制度が生むスピードの遅れ
官公庁DXにおける大きな課題の1つは、公共調達の仕組みがデジタル技術の変化や進化の速度に追いつかないことだ。官公庁がシステムを導入する場合、予算要求、仕様書の作成、入札、契約、開発、検収といった手続きを踏む必要がある。これは税金を使う以上、公平性・透明性・説明責任を確保するために不可欠な仕組みといえる。しかし、この手続きは時間を要するため、技術変化の速い領域では導入時点で当初の前提が古くなることがある。
特にクラウドやAI、サイバーセキュリティ、データ連携といった分野では、数ヵ月から1年単位で技術や運用方法が変化する。仕様を固定してから調達する従来型の方法では、現場が本当に必要とする機能を柔軟に取り込むことが難しい。自治体システムの標準化・共通化の取り組みは、この課題を象徴している。国は住民記録や税、福祉など基幹業務システムの標準化を進め、自治体ごとに異なっていたシステムを共通仕様へ移行しようとしている。これは将来的なコスト削減やデータ連携の基盤整備につながる重要な施策である。
一方で、自治体ごとに業務手順や条例、住民サービスの提供方法が異なるため、標準仕様に合わせる過程で現場の調整負担が大きくなる。調達制度上は公平な手続きを守らなければならず、同時に現場では制度改正や住民対応にも追われる。このように、官公庁DXでは、公平さを担保する手続きそのものが、変化への即応性を弱めるという逆説が生じるのだ。
人事異動による知見の断絶がDXを停滞させる
もう1つの課題は、行政組織における人事異動と知見の蓄積の難しさだ。官公庁では定期的な人事異動が行われ、数年単位で担当者が交代することが多い。これは組織全体の人材育成や不正防止の観点では意味がある。しかしDXのように中長期的な構想と専門知識が必要な分野では、担当者が変わるたびに過去の経緯や判断理由が十分に引き継がれず、プロジェクトが停滞する要因となる。
システム開発では、なぜその仕様にしたのか、どの業務を優先したのか、どのリスクを許容したのかといった判断の蓄積が重要である。これらが文書化されず、担当者の記憶や経験に依存していると、異動のたびに議論が振り出しに戻る。行政手続きのオンライン化でも同様の課題が見られる。例えば、引っ越し、子育て、介護、補助金申請などの手続きをオンライン化する場合、単に紙の申請書を電子フォームに置き換えるだけでは不十分だ。窓口で職員が行っていた確認、住民への補足説明、書類不備への対応、他部署との連絡といった業務を再設計しなければならない。
ところが、こうした業務知識はベテラン職員の経験に蓄積されている場合が多く、異動や退職によって失われやすい。DXを進めるには、システムを導入するだけではなく、行政内部の暗黙知を整理し、業務手順や判断基準として残す必要がある。デジタル化とは、情報を画面上に移すことではなく、組織の知識を継続可能な形に変える作業とも言える。
継続的に改善できるDX体制こそ行政改革の核心である
官公庁DXを成功させるには、単年度のシステム導入にとどまらず、継続的に改善できる体制をつくることが必要だ。民間企業であれば、利用者の反応を見ながらサービスを更新し、必要に応じて機能追加や改善を行うことが一般的である。しかし官公庁では、予算年度、契約期間、調達手続きの制約があるため、柔軟な改善サイクルを回しにくい。
導入後に現場から改善要望が出ても、契約範囲外であればすぐに対応できないことがある。結果として、現場は不便なシステムを使い続けることになり、住民サービスの向上にもつながりにくい。デジタル庁の設置は、この課題に対する国全体の対応の1つである。そこでは、省庁ごと、自治体ごとに個別最適化されてきたシステムや手続きを見直し、共通基盤や共通ルールを整備することで、行政全体のDXを進めようとしている。
とはいえ、中央に専門組織を置くだけで全てが解決するわけではない。実際に住民や事業者と接するのは自治体や各行政機関の現場であり、そこが使いやすい仕組みでなければ定着しない。したがって、
・国が標準化の方向性を示す
・現場が業務改善の知見を提供する
・外部の専門人材が技術的支援を担う
という役割分担が重要である。官公庁DXの本質は、紙をなくすことでも、最新技術を導入することでもない。公平性を守りながら変化に対応し、担当者が交代しても知見が継承され、導入後も改善が続く行政運営へ変えることだ。調達制度と人事制度という官公庁特有の制約を前提に、いかに継続可能なデジタル行政をつくるかが、今後の最大の課題と言えるだろう。


