
官公庁DXでは、申請のオンライン化や窓口業務のデジタル化が進められている。しかし、仕組みを整えたにもかかわらず、住民や事業者に十分使われないケースも少なくない。背景には、行政側の業務都合を中心に設計され、利用者の行動や不安、つまずきが十分に反映されていないという課題がある。高齢者、障害者、外国人、デジタル機器に不慣れな人を含め、誰もが使える行政サービスをどう実現すればよいのか。
オンライン化しても「使われない」行政サービスが生まれる理由
官公庁DXでは、これまで紙や窓口で行われていた手続きをオンライン化する取り組みが進んでいる。住民票関連の手続き、子育て支援、介護、補助金申請、許認可、税務手続きなど、行政サービスの多くはデジタル化の対象となっている。オンライン申請が実現すれば、住民は窓口に出向く必要がなくなり、行政側も入力や確認の負担を減らせると期待される。
しかし実際には、オンライン化されたにもかかわらず利用率が伸びない手続きもある。理由の1つは、利用者にとって手続きの全体像が分かりにくいことである。どの制度が自分に関係するのか、どの書類が必要なのか、どの順番で入力すればよいのかが分からなければ、利用者は途中で不安を感じ、結局窓口や電話で確認することになる。オンライン申請が用意されていても、利用者が迷わず完了できなければ、行政側の問い合わせ対応は減らない。
また、行政手続きは専門用語が多く、制度ごとに表現や入力項目が異なる。職員にとっては当然の用語でも、住民にとっては意味が分からない場合がある。画面上で入力項目が並んでいても、何を基準に判断すればよいのかが示されなければ、利用者は正確に入力できない。さらに、行政側の業務単位でサービスが設計されていることも課題である。利用者は「子どもが生まれた」「引っ越した」「家族の介護が必要になった」といった生活上の出来事を起点に行動する。一方、行政の手続きは、担当課、制度、申請書、必要書類ごとに分かれている。そのため、利用者から見ると、1つの出来事に対して複数の手続きを別々に行わなければならない。DXが本来目指すべきなのは、個別手続きの電子化ではなく、利用者の生活場面に沿った行政サービスの再設計である。
デジタルデバイドは「一部の人の問題」ではない
官公庁DXを進めるうえで避けて通れないのが、デジタルデバイドへの対応である。スマートフォンやパソコンを使い慣れている人にとって、オンライン申請は便利な手段である。しかし、高齢者、障害者、外国人、経済的に通信環境を整えにくい人、複雑な文章の理解が難しい人にとっては、オンライン化そのものが新たな負担になる。
ここで重要なのは、デジタルに不慣れな人を例外として扱わないことだ。行政サービスは、民間サービスとは異なり、利用者を選ぶことができない。税、福祉、医療、教育、防災、戸籍、住民登録などは、誰もが必要とする公共サービスである。したがって、デジタルを使える人だけが便利になる仕組みでは、行政DXとしては不十分である。例えば、オンライン申請を進める場合でも、スマートフォンだけで完結できる画面設計、分かりやすい言葉への置き換え、多言語対応、音声読み上げへの配慮、入力途中で保存できる機能、代理申請や支援者による補助の仕組みなどが必要になる。また、窓口を単に残すだけではなく、職員が住民と一緒に画面を見ながら申請を支援する「伴走型」の対応も重要だ。
デジタル化と窓口対応は対立するものではない。むしろ、窓口で得られる住民のつまずきや質問を、オンラインサービスの改善に生かすことが求められる。どの画面で入力が止まるのか、どの説明が理解されにくいのか、どの添付書類で誤りが多いのか。こうした情報を集めて改善すれば、オンラインでも窓口でも、より分かりやすい行政サービスに近づく。そもそも、デジタルデバイドへの対応は、単なる福祉的配慮ではない。利用者が正しく申請できなければ、行政側の確認作業や差し戻しも増える。つまり、使いやすさへの投資は、住民の利便性向上だけではなく、行政内部の効率化にもつながると言える。
利用者の声を継続的に取り込む仕組みが必要
官公庁DXを利用者起点に変えるには、サービス開始前の設計だけではなく、開始後の改善が欠かせない。民間サービスでは、利用状況や問い合わせ内容を分析し、画面や導線を継続的に改善することが一般的である。一方、行政サービスでは、一度システムを導入すると、改善が後回しになりやすい。制度上の正確性や手続きの厳密性が重視される一方で、利用者が本当に使いやすいかどうかを検証する仕組みが弱いからだ。
例えば、オンライン申請の利用率だけを見ても、実態は分からない。途中で離脱した人がどれだけいるのか、入力に何分かかったのか、どの項目で問い合わせが増えているのか、申請後の差し戻しがどの程度発生しているのかを見なければ、改善点は見えてこない。行政DXでは、単に「オンラインで申請できる」状態を成果とするのではなく、「迷わず、正確に、負担なく手続きが完了できる」状態を目指すべきである。
そのためには、住民や事業者を対象にしたユーザーテスト、窓口職員からの意見収集、問い合わせ内容の分析、障害者団体や高齢者支援団体との対話などを、継続的に行う必要がある。特に行政サービスは、利用者の属性や事情が幅広い。健康状態、家族構成、経済状況、日本語能力、居住地域によって、必要な支援は異なる。多様な利用者の声を設計に反映しなければ、便利な人には便利だが、困っている人ほど使いにくいサービスになりかねない。
官公庁DXで最終的に問われるのは、住民や事業者が行政サービスをより分かりやすく、利用しやすくなったかどうかである。デジタル化によって、窓口に行けない人が手続きできるようになる。制度を知らなかった人が必要な支援にたどり着けるようになる。職員が単純作業から解放され、より丁寧な相談対応に時間を使えるようになる。利用者起点とデジタル包摂を行政サービスの中心に据えられるかどうかが、今後のDXの大きな分岐点になるだろう。



