官公庁DXは、スタートアップにとって大きな成長機会である一方、参入のハードルは低くない。行政機関は住民情報、税情報、福祉情報、防災情報など、社会的に重要なデータを扱うため、高度なセキュリティ、安定した運用、長期的なサービス継続を重視する。そのため、実績や企業規模で大手ベンダーが有利になりやすい。そうした中で、スタートアップが官公庁DXに採用されるには、どういう戦略が必要になるのか。

官公庁がスタートアップに不安を感じる理由を理解する

 スタートアップが官公庁DXに参入するうえで、まず理解すべきなのは行政側が抱く不安である。万が一、サービス停止や情報漏えいが起きれば、行政サービスの停止だけではなく、住民の生活や行政への信頼に大きな影響を与える。そのため行政機関は、新しい技術に関心を持ちながらも、この会社は数年後も存在しているのか、契約期間中にサービスが止まらないか、保守や問い合わせに継続して対応できるかなどを慎重に見る。スタートアップにとっては、技術力の説明だけでは不十分であり、行政が最も気にする継続性と安定性に対して、具体的な答えを用意する必要がある。

 ここで重要なのは、絶対に製品を変えないと約束することではない。ITやAIの分野では、技術の主流が1年単位で変化することも珍しくない。むしろ、長期間同じ製品を使い続ける前提のほうが、セキュリティや機能面でリスクになる場合もある。したがってスタートアップは、必要に応じて安全に入れ替えられる仕組みを提供できることを強みにすべきである。AIやセキュリティ製品を単一ベンダーに依存させるのではなく、複数のモジュールを組み合わせ、より優れた技術が出た場合には差し替えられる構成にする。特定製品の終了や性能劣化が起きても、行政業務全体を止めずに移行できる設計を示せれば、官公庁にとっての不安を小さくできる。

実証機会を活用し、行政との接点を増やす

 官公庁案件というと、入札資格や実績、企業規模が必要であり、スタートアップには入りにくいという印象がある。実際、すべての公共調達にスタートアップが単独で参加できるわけではない。しかし近年は、経済産業省などを中心に、スタートアップ支援や実証事業、行政課題と企業を結びつける取り組みが増えている。こうした制度の中には、従来の入札資格に左右されず参加できるものもある。

 スタートアップにとって重要なのは、いきなり大規模な本番導入を狙うのではなく、小さな実証や限定導入を通じて行政との接点を作ることである。特定部署でのPoC、限定された業務での試験導入、自治体との共同実証などを積み重ねることで、行政側が安心して採用を検討できる材料になる。

 また、スタートアップは自社単独での参入にこだわりすぎるべきではない。公共案件では、プロジェクト全体の管理、セキュリティ、保守、問い合わせ対応、障害時対応など、技術以外の体制も評価される。自社に不足している部分は、SIer、大手ベンダー、クラウド事業者、他のスタートアップと組むことで補うべきである。それぞれの専門企業を組み合わせ、行政が使いやすい形にまとめる姿勢が、採用可の能性を高める。

セキュリティは制約ではなく提案力の見せ場

 官公庁DXでは、高度なセキュリティが必須である。スタートアップが参入する際、小さい会社だからセキュリティが不安だと見られることは避けにくい。だからこそ、セキュリティを後付けで説明するのではなく、最初から提案の中心に据える必要がある。セキュリティ対策は、単に強固な製品を入れればよいというものではない。情報の重要度に応じてアクセス権限を分ける、機密性の高いデータはAIや外部サービスに入力しない、操作ログを残して監査できるようにする、複数の防御層を組み合わせるなど、行政の業務に合わせた設計が求められる。

 そもそも、官公庁の現場では、すべての情報を最高レベルで保護すればよいわけではない。過度に厳しい制限は、職員の利便性を下げ、DXの効果を損なう。重要なのは、守るべき情報を確実に守りながら、必要な人が必要な範囲で安全に使える環境を作ることである。そのためスタートアップは、どの情報を扱うのか、どこに保存するのか、誰がアクセスできるのか、障害時にどう復旧するのか、製品終了時にどう移行するのかまで含めて提案する必要がある。そのためにも、行政側が仕様書を作る前段階から相談に入り、リスクを一緒に整理できれば、スタートアップの価値は高まる。

大手クラウドや外資系とは競合ではなく共存を考える

 官公庁DXでは、AWSやGoogleなどの大手クラウドが存在感を強めている。機能の豊富さ、グローバルな運用実績、セキュリティ対応、人材や資金力を考えれば、日本のスタートアップが正面から対抗するのは容易ではない。しかし、これは必ずしも不利なことではない。大手クラウドを競合として排除するのではなく、必要に応じて組み合わせる発想が重要である。行政が求めているのは、特定企業の製品そのものではなく、課題を安全かつ効率的に解決することだ。大手クラウドの機能を活用しながら、日本の制度、業務、運用実態に合わせたアプリケーションや支援サービスを提供できれば、スタートアップにも十分な役割がある。

 特に官公庁では、無駄な機能を入れないこと、必要なものだけを導入すること、将来的に入れ替えられる余地を残すことが重要になる。大手ベンダーの包括的な提案では、機能が過剰になったり、特定サービスにロックインされたりする恐れがある。スタートアップは、現場の声を丁寧に聞き、必要な機能を見極め、最適な組み合わせを提案することで差別化できる。国内の制度や行政文化を理解し、データ主権や住民への説明責任といった技術以外の論点にも配慮できることは、日本のスタートアップにとって大きな強みとなる。

 そして、官公庁DXに採用されるために、スタートアップが磨くべきなのは技術力だけではない。行政が本当に求めているのは、最新技術を安全に使い続けられるかどうかだ。サービス終了や製品変更を前提にした移行計画、複数モジュールを組み合わせた入れ替え可能な設計、障害時や契約終了時のデータ返却と引き継ぎ方法、セキュリティや監査、アクセス管理、職員教育を含む運用設計まで示して初めて、行政は安心して採用を検討できるだろう。