社会全体でキャッシュレス決済が広がるなか、官公庁にも、税金、手数料、使用料、公共料金などの納付・支払いをデジタル化する動きが求められている。とくに自治体では、住民票や戸籍証明書の発行手数料、施設利用料、税金、保育料、上下水道料金など、住民生活に密接した支払いが多く、窓口や金融機関に出向かず支払いが完了できることは、大きな利便性向上につながる。一方で、行政のキャッシュレス化は単に決済手段を増やせばよいわけではない。会計処理、手数料負担、セキュリティ、デジタルに不慣れな人への対応など、多くの課題を伴う。キャッシュレス時代にふさわしい官公庁DXをどう設計すべきか。

キャッシュレス化は行政サービスの入口を変える

民間サービスでは、クレジットカード、電子マネー、QRコード決済、インターネットバンキングなど、多様な支払い手段が日常的に使われている。買い物や交通機関、飲食、各種サービスの利用において、現金を使わない生活は珍しいものではなくなった。こうした変化に伴い、行政サービスに対しても「なぜ窓口で現金を支払う必要があるのか」「なぜ納付書を持って金融機関に行かなければならないのか」という住民の疑問は強まっている。

官公庁が扱う支払いは幅広い。住民票や戸籍証明書の発行手数料、施設利用料、税金、保育料、上下水道料金、許認可手数料、粗大ごみ処理券など、住民生活や事業活動の多くの場面で支払いが発生する。これらがオンライン申請と連動し、申請から支払い、受付、交付まで一体で完了できれば、利用者の負担は大きく減る。行政側にとっても、現金管理、領収書発行、収納確認、消込作業などの負担軽減が期待できる。

しかし、キャッシュレス決済を導入しただけでは、行政DXが進んだとは言えない。オンライン申請はできるが支払いは窓口で行う必要がある場合、利用者は結局来庁しなければならない。また、部署ごとに使える決済手段が異なれば、住民はどの支払い方法を選べるのか分かりにくい。行政サービスにおける支払いは、単独で完結するものではなく、申請、審査、交付、会計処理と一体でつながっている。したがって、キャッシュレス化は単なる決済端末の導入ではなく、手続き全体の流れを見直す取り組みとして考える必要があるだろう。

行政会計とセキュリティの課題を軽視できない

キャッシュレス化を進めるうえで、行政側が直面する大きな課題の1つが会計処理である。現金であれば、窓口で受け取り、領収し、収納金として処理する流れが比較的分かりやすい。一方、キャッシュレス決済では、決済事業者を経由して入金されるため、支払いが行われた日時、自治体の口座へ入金される日、手数料が差し引かれる場合の処理、返金時の扱いなどを正確に管理しなければならない。

行政の会計には、正確性と透明性が求められる。1件ごとの収納情報と申請情報が正しくひも付かなければ、納付済みか未納かを確認できない。税や使用料などでは、納付状況の誤りが住民の不利益につながる可能性もある。複数の決済手段を導入する場合、クレジットカード、QRコード決済、コンビニ収納、口座振替などでデータ形式や入金タイミングが異なり、職員の確認作業が複雑化するおそれもある。

そのため、決済システムと基幹業務システム、財務会計システム、申請管理システムをどのように連携させるかが重要になる。住民向けには支払い手段を増やすだけの問題に見えても、実際には庁内の業務設計やデータ連携の問題である。決済だけを先に導入し、後から職員が手作業で照合する運用になれば、DXどころか新たな負担を生み出しかねない。

また、セキュリティと個人情報保護への対応も欠かせない。行政の支払い情報には、税、福祉、医療、子育て、事業活動など、個人や法人の重要な情報が含まれる場合がある。決済情報と申請情報が結び付くことで、住民の生活状況や経済状況が推測できることもある。どの情報を庁内で保有し、どの情報を決済事業者が扱うのか、保存期間やアクセス権限をどう管理するのかを明確にする必要がある。

「現金をなくす」ことではなく「選べる」ことが重要

キャッシュレス化を進める際に注意すべきなのは、現金を使う人を例外として扱わないことである。スマートフォン決済やクレジットカードを日常的に使う人にとって、キャッシュレスは便利な手段である。しかし、高齢者、障害者、外国人、未成年、生活困窮者、銀行口座やクレジットカードを持ちにくい人、スマートフォン操作に不安がある人にとっては、キャッシュレス化が新たな負担になる場合がある。

行政サービスは、民間サービスとは異なり、利用者を限定できない。税、証明書、福祉、教育、医療、住民登録などは、誰もが必要とする公共サービスである。そのため、キャッシュレス決済を推進する場合でも、窓口での現金払い、納付書払い、口座振替、オンライン決済など、複数の選択肢を一定程度確保することが重要である。行政DXの目的は、現金を排除することではなく、利用者の状況に応じて便利な方法を選べるようにすることにある。

また、キャッシュレス決済を利用できる人であっても、すべての行政手続きで同じように使えるとは限らない。高額な税金の納付では、クレジットカードの限度額や決済手数料が問題になることがある。領収書がすぐに必要な人、会社の経費精算で証明書類が必要な人、家族や代理人が支払う人など、利用場面も多様である。こうした実態を踏まえずにキャッシュレス化を進めると、便利な人には便利だが、困る人には使いにくい仕組みになってしまう。

重要なのは、利用者の支払い行動を起点にサービスを設計することだ。すなわち、「支払い前に金額や手数料を分かりやすく表示すること」「支払い完了後の通知や確認方法を用意すること」「代理支払いに対応すること」「多言語表示や音声読み上げに配慮すること」などが求められる。

キャッシュレス時代の官公庁DXは業務改革と一体で進める

官公庁におけるキャッシュレス対応は、住民サービスの向上だけでなく、行政内部の業務改革にも直結する。現金管理には、釣銭の準備、締め作業、金額確認、保管、金融機関への入金、監査対応など、多くの手間とリスクが伴う。キャッシュレス化によってこれらの作業を減らせれば、職員はより専門的な相談対応や制度案内に時間を使えるようになるだろう。

ただし、その効果を得るには、庁内の運用を見直す必要がある。決済データを自動で取り込み、申請情報と照合し、会計処理につなげる仕組みを整えなければ、職員が画面を見比べて確認する作業が残ってしまう。また、部署ごとに異なる決済サービスを導入すれば、管理や研修、システム障害時の対応が複雑になる。全庁的な方針を定め、対象業務、利用する決済手段、データ管理、手数料負担、住民への案内方法を整理することが欠かせない。

キャッシュレス化は、行政サービスの利便性を高める有力な手段である。一方で、会計、セキュリティ、包摂性、業務運用を置き去りにすれば、新たな混乱を生む可能性もある。決済を入口に、行政手続き全体を利用者起点で見直せるかどうかが、これからの官公庁DXの大きな課題になるだろう。