
官公庁DXが進まない背景には、法制度・文化・調達の三重の制約があり、業務の独自性や単年度予算が改善サイクルを著しく遅らせています。一方、米空軍Kessel RunはDevSecOpsと内製化により、民間SaaS並みの開発速度を実現した組織です。日本でも同様の内製モデルを成立させるには、民間との人的交流を軸に、調達改革と技術理解を伴う内製体制の構築が不可欠となります。
官公庁DXの根本的なボトルネックとは
官公庁においてDXが進みにくい背景には、制度・文化・調達の構造的な制約が重層的に存在しています。行政業務は法令・通達・慣行と密接に結びつき、自治体ごとに運用も異なるため、業務の独自性が極めて高く、外部ベンダーが業務要件を正確に理解するまでに膨大な時間と調整が必要となります。仕様が固まらないまま開発が進むことで、追加費用や手戻りが発生し、DXのスピードを大きく損なっています。
さらに、単年度予算という制度的制約が、改善サイクルを著しく遅らせる要因となっています。行政では年度ごとに予算を確保し直す必要があり、たとえ小さな合理化や機能改善であっても、翌年度の予算要求・審査・議会承認を経なければ実行できません。これにより、民間であれば数週間で実施できる改善が、行政では年単位の遅延を生んでいます。
一方、米国では民間企業並みの開発スピードを持つ組織が出てきています。
民間SaaS企業並みの開発スピードを有するKessel Run
Kessel Runは正式名称「Air Force Life Cycle Management Center Detachment 12」であり、米国空軍のソフトウェア開発部門です。2017年に米国国防総省のDIUによって設立され、マサチューセッツ州のハンスコム空軍基地とボストンに拠点を置いています。
Kessel Runは、米空軍が従来の外部委託中心の調達から脱却し、ソフトウェア開発を内製化するために設立した組織です。従来の軍事調達プロセスは多様な装備品を対象とするため時間がかかり、急速に変化するソフトウェア領域には適していませんでした。この課題を踏まえ、空軍はスタートアップ的手法を取り入れた内製組織としてKessel Runを立ち上げ、迅速な開発能力とユーザー中心の改善サイクルを獲得しました。
Kessel RunはDevSecOpsを活用して21のプログラムを統合したソフトウェア取得戦略を構築し、要件・予算・権限を一体化することで、外部委託では数年かかる変更を数週間〜数ヵ月で実現できる体制を整えています。これにより、従来の官僚的プロセスを減らし、脅威や技術変化に迅速に対応できるようになりました。
さらに、同組織は空軍の指揮統制を支えるKRADOS( Kessel Run All Domain Operating System)などのクラウドベースのアプリケーション群を自ら開発し、戦闘指揮の柔軟性・即応性を大幅に向上させています。これらは単なるコスト削減ではなく、官側が自ら能力を獲得し、継続的に改善できる体制を築くことこそが最大の成果とされています。
Kessel Runは軍という制約下で、圧倒的に速い改善サイクルを実現した組織であり、その開発速度は従来の米空軍調達プロセスと比較して桁違いで、民間SaaS企業に近いスピードを実現しています。官組織としては世界最高レベルのスピードを持つと言えるでしょう。
日本でKessel Run型組織を成立させるためのロードマップ
日本の行政で Kessel Run 型の内製組織を成立させるには、技術基盤や調達改革だけではなく、民間 IT 企業やスタートアップとの人的交流を組織の中心に据えることが重要になります。Kessel Run も、シリコンバレー流のアジャイル文化や DevSecOps の実践を、民間出身者・外部エンジニアとの協働を通じて吸収し、軍組織の中に“移植”したことで成功しました。日本の行政も同様に、外部知識を継続的に取り込む構造を作らなければ、内製組織は形骸化するでしょう。
まず、常設の内製デジタル組織を設置し、民間からの越境人材を受け入れる制度を整えることが出発点となります。任期付き採用や副業・兼業の柔軟化により、行政と民間の人材が日常的に交流する環境をつくることが必要です。
次に、Kessel Run の “War Room”をモデルとして、現場職員と民間エンジニアが同じ空間で働く「コラボレーション拠点」を設け、行政課題をリアルタイムで共有しながら改善サイクルを回します。
さらに、調達プロセスをアジャイル前提に再設計し、外部パートナーが行政内製チームと一体で動ける契約形態を整える必要があります。民間のスピードを行政に持ち込むには、契約・予算の柔軟性も求められます。
最後に、行政側が技術理解を深め、民間と対等に議論できる人材層を育成することで、外部依存ではなく“協働による内製力”が成立するようになります。
このように、Kessel Run型の内製組織は、行政単独で成立させるのは困難です。日本版 Kessel Run を実現するためには、民間との人的交流を制度化し、外部のスピードと文化を行政に持ち込むことが必要不可欠なのです。

