生成AIやデータ分析基盤の活用が中央官庁でも進み始めている。政策立案に必要な情報を素早く整理し、将来予測や制度効果の検証に生かせれば、行政の生産性と政策の質は大きく向上するだろう。しかし、AIが有効に機能するかどうかは、学習や分析に用いるデータの品質に左右される。誤ったデータをAIに与えれば、政府レベルで誤った判断を生み出すことになりかねない。中央官庁がAI活用を急ぐ今、問われているのは技術の新しさではなく、行政データを正しく作り、管理し、説明できる体制だ。

統計不正が示した「データを作る現場」の脆弱性

中央官庁が保有するデータは、政策判断や予算編成、法制度の見直し、給付額の算定などに使われる。とりわけ行政データの誤りは、国民の権利や負担、暮らしに直接影響する可能性がある。その重大性を改めて示したのが、厚生労働省の毎月勤労統計や、国土交通省の建設工事受注動態統計を巡る長期間にわたる不適切な処理だ。

2019年2月に「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」が公表した資料によると、本来、一定規模以上の事業所については、毎月の雇用、給与、労働時間を全数調査することになっていた。しかし、東京都内では一部の事業所だけを抽出して調査していた。さらに、必要な復元処理も適切に行われていなかったため、統計数値に影響が生じ、雇用保険や労災保険などで追加給付が必要となった。2021年末から2022年にかけては国土交通省の建設工事受注動態統計でも、不適切な処理が行われていたことが明らかになった。提出が遅れた過去分の調査票データを当月分に合算し、数値を書き換えていたという。

これらの問題から分かるのは、システムを導入しただけではデータの品質は保証されないということだ。データの入力や補正、確認を行う現場で、例外的な処理が常態化していないか。業務を引き継いだ職員が、数値の意味や作成方法を理解しているか。不自然な変化を検知し、上司や統計部門に報告する仕組みがあるか。こうした運用面の弱さを放置したままデジタル化を進めても、紙や表計算ソフトで行われていた不適切な処理が、システム上に移されるだけだ。

AIはデータの欠陥を自動的には修正しない

AIに大量の行政データを読み込ませれば、政策課題の発見や将来予測が容易になるとの期待は大きい。しかし、元のデータに欠損や偏り、重複、定義の不統一があっても、AIがそれらを必ずしも正しく判別できるわけではない。例えば、同じ「事業者」という項目でも、省庁や制度によって法人単位、事業所単位、申請単位など、管理する範囲が異なる場合がある。「支援実績」も、申請時点、交付決定時点、支払い時点のどれを指すかによって数値が変わる。こうした定義をそろえずにデータを統合すれば、AIは異なる意味を持つ数値を同じものとして処理する恐れがある。

過去の制度改正によって入力項目や集計方法が変わっているにもかかわらず、その履歴が残されていないケースも考えられる。AIが時系列分析を行った際、制度変更による数値の変化を、社会や経済の変化と誤認する可能性がある。データ量が多いことと、政策判断に使えることは同じではない。中央官庁のAI活用では、モデルの性能競争より先に、データの棚卸しを行う必要がある。どの部署がデータを保有しているのか、何の目的で収集したか、更新頻度はどの程度か、欠損や誤りをどのように修正したのか、他の用途に利用できる法的根拠があるかを明確にしておきたい。

その際、データの作成過程や定義、更新履歴を記録するメタデータの整備も欠かせない。AIが示した結果を検証するには、元となった数値までさかのぼれることが重要だ。集計後のデータだけを保存するのではなく、誰が、いつ、どのような処理を行ったかを記録し、後から監査できる状態にする必要がある。また、AIの出力が誤っていた場合に備え、利用したデータセットやモデル、指示内容、出力結果を保存する仕組みも求められる。

データ品質を個人の注意力に依存させない

行政データの品質管理では、「担当者が十分に確認する」という対策だけでは限界がある。中央官庁では人事異動が多く、制度や統計に精通した職員が同じ業務を継続して担当するとは限らない。複雑な補正や例外処理が、一部の職員しか理解できない状態になれば、異動や退職によって管理能力が失われる。

そこで必要になるのが、データ品質を組織として管理する仕組みだ。入力段階で異常値や重複を検知する機能を設けるほか、前月や前年と大きく異なる数値を自動的に抽出し、人が確認できるようにする。データの修正時には理由の記録を必須とし、元の数値を上書きせず、変更履歴を残す設計も重要だ。また、データを作成する部署と利用する部署だけで品質を判断するのではなく、独立した立場から点検する体制が求められる。特に、給付や規制、予算配分に影響するデータについては、定期的な監査や第三者による検証を組み込みたい。重大な誤りが見つかった際に、組織内で速やかに共有し、公表や訂正につなげる手順も整備しておくべきだ。

AIによる異常検知を品質管理に活用することも可能だ。とはいえ、AIが示した警告を誰が確認し、どのように修正するのかを決めなければ機能しない。警告が多すぎれば、現場が確認しなくなる「アラート疲れ」も起こり得る。技術を導入するだけでなく、現場の業務量や責任分担まで含めて設計する必要がある。

データの定義をそろえ、作成過程を記録し、異常を検知して誤りを修正する。こうした地道な取り組みなしに、信頼できるAI行政は実現しない。中央官庁DXの成否を左右するのは、目に見えやすいAIサービスではなく、その土台となる行政データの品質である。